会社概要

名称
株式会社 三宅石材店

本社住所
〒113-0023 東京都文京区向丘2-27-1


代表者
三宅 秀明

創業
1894年(1961年株式会社設立)

営業時間
AM8:00~PM5:00

定休日
月曜日

社員数
4名

TEL
03-3821-3392

FAX
03-3821-3319

ホームページ
公式サイト

E-mail




事業案内

■ 墓石 ■ 記念碑 ■ 各種灯篭等石工事一式 ■ 寺院墓地紹介




セールスポイント

当店は1894年の創業以来、お客様の立場になって仕事をしてまいりました。
建墓のご相談からメンテナンス・リフォーム等末永いお付き合いを基本に、お客様のニーズに合わせた国産・外国産の石製品を幅広く取り扱っております。
お客様に安心しておまかせ頂けるよう務めてまいりますので、お気軽にご相談ください。







協力工場

有限会社 渡辺信也石材





寺院案内



住所 : 東京都文京区向丘2-17-4
宗派 : 天台宗(現時および過去の宗旨・宗派は問いません)
沿革 : 元和2年湯島妻恋坂上に到譽上人を開山として建立された。 七代目住職の時に江戸大火に遭い春日の局のお花畑であった当地に移転した。 また、戦後には白山上の「子育て櫻観音」と呼ばれていた正念寺と合併、江戸三十三番札所中第十番となっている。 春は桜の名所として知られ、日本一の大木魚も知られている。 (三田線「白山」より徒歩7分、南北線「本駒込」より徒歩5分、都営バス「白山」より5分、「向丘1丁目」より1分









住所 : 東京都文京区向丘2-27-11
宗派 : 元和年間
沿革 : 中国(済水)の某僧が下谷の地に堂宇を建て伝来の釈迦牟尼仏(現在の当寺本尊)を安置されたのがそもそもの起こりである。その後、寛永5年に元秀和尚の代に本郷丸山田町に移転、座禅道場としての聖域を作られた。承応2年に幕府の命を受け小石川白山前に移転、駒込高林寺第七世春悦和尚を迎え、元々は臨済宗であったが曹洞宗に改め現在のような大寺へとなる基盤が作られた。 享保3年に大火に遭い翌年に幕府より現在地に寺域を賜った。また戦災にも遭い堂宇を消失したが、檀家と住職が一丸となって復興し、現在に至る。
(三田線「白山」より徒歩5分、南北線「本駒込」より4分、都営バス「白山」より3分、「向丘2丁目」より2分)









住所 : 東京都文京区向丘2-26-9
宗派 : 1613年
沿革 : 慶長18年に新天地を求めて江戸へやってきた北陸(特に加賀)の人々によって神田連雀町に作られた。門徒によって作られた寺であり開山には釈宗閑上人が迎えられた。 慶安元年に幕府の命令で部落ごと寺域を召し上げられ、本郷金助町に移転するも類焼し以後移る先々で災難にいつつ宝暦11年現在地に移る。 部落は解散したが移転するたびに過去帳には近隣住所が増えている事や、加賀藩邸が近いことから本尊を奉じて寺とともに移り住んだものと思われる。
(三田線「白山」より徒歩6分、南北線「本駒込」より5分、都営バス「白山」より4分、「向丘2丁目」より3分)









住所 : 東京都文京区向丘2-28-2
宗派 : 1631年
沿革 : 文政年間に文書等を消失し詳細は不明であるが「文政寺社書上」によると、元禄5年駒込に移転。享保3年12月類焼に遭い、鷹新屋町御用地となり翌年現在地を代替地として拝領、戦災により全てを消失するも復興して現在に至る。
(三田線「白山」より徒歩6分、南北線「本駒込」より5分、都営バス「白山」より4分、「向丘2丁目」より3分)









住所 : 東京都文京区向丘1-11-3
宗派 : 1597年
沿革 : 慶長2年に神田柳原に開創される。開山は分福茶釜で知られる上州館林の茂林寺十二世久山正雄大和尚、開基は石河土佐守勝政公である。 慶安2年現在地に移り以後「駒込の大円寺」と呼ばれたが、現在は駅方向へ呼称が変わったので「白山上大円寺」「向丘の大円寺」である。
寛文・天和・享保・天保・文久の江戸の大火に遭いまた、宮内省匠寮中野清五郎氏による本堂、高村光雲翁による七観音像なども戦災で焼失したが、光雲門流の人々によって再建され、戦火を逃れた翁作の本尊釈迦牟尼仏などと共に江戸新撰札所二十三番札所として現在に至る。
(三田線「白山」より徒歩4分、南北線「本駒込」より5分、都営バス「白山」「向丘2丁目」より4分)









住所 : 東京都文京区駒込2-19-2
宗派 : 1589年
沿革 : 創建当時は日本橋江戸橋付近にあった。元禄・享保の大火で書類を焼失したが第二世円受の代に幕府御用地となり、豊島郡板橋に替地を下附されたが不便な為八丁堀辺りに仮住まいして寛永五年当地へ移転した。関東大震災・戦災に遭うも本尊、過去帳は無事で昭和36年本堂も再建して現在に至る。
(南北線「本駒込」より徒歩7分、JR「駒込」より12分、都営バス「駒込富士前」より1分)









住所 : 東京都文京区駒込2-20-10
宗派 : 1612年
沿革 : 当初は豊島郡下練馬村に創建された。その後神田御茶ノ水に移り、更に五代将軍綱吉の時代、宝永2年に現在地へ移った。 練馬区教育委員会発行の「練馬伝説」の中に「長源寺跡とお地蔵様」と題した記事がある。
(南北線「本駒込」より徒歩8分、JR「駒込」より11分、都営バス「駒込富士前」より1分)









住所 : 東京都文京区西片1-15-6
宗派 : 1624年
沿革 : 「丑寅の方角に水戸家鬼門除けの寺を設けたい」という養珠院殿の発願を継承した初代藩主頼房公によって建立された。ゆえに頼房公を開基とする。発願主の養珠院殿は俗名を「お万の方」といい徳川家康の側室であり紀伊頼宣、水戸頼房両卿の生母でもある。元和元年身延山第二十二世心性院尭順日遠聖人の元で出家し、のち小石川水戸藩邸に住んでいた。また開山の正行院尭恩日円聖人は身延山第二十二世心性院尭順日遠聖人の直弟子であった、ゆえに当山は創建と同時に本山大野山本遠寺の末頭の格式を得ると共に江戸御宿院となった。更に幕府より「水戸家御祈願所」の公許を得、朱印三百石を拝領し格式ある地位を確立した。 大震災の折に被災したが戦火は逃れることが出来、改築成った本堂内に四百年近くを経た伝統を今日に伝えている。
(丸の内線、大江戸線「後楽園」より徒歩7分、三田線「春日」より1分)









住所 : 東京都新宿区須賀町13-1
宗派 : 1391年
沿革 : 法恩寺の開基は、天台宗の学匠で玄妙能化の人といわれ、38才で比叡山3千の学僧の学頭となり、後に日蓮聖人の教風にうたれて67才の高齢で日蓮門下に入り、当時門下筆頭の碩学とうたわれた、玄妙阿闍梨日什大正師(顕本法華宗開祖)。 明徳2年(1391)、足利義満の時代に今の麹町9丁目(字金澤)に創建されました。 明暦3年(1657)に現在地の旧四谷寺町に移転しました。 元は京都二条の大本山妙満寺の直系末寺で、幕府の朱印寺でもあり、江戸時代の檀家は幕臣に限られ、千葉土気城主酒井家、上総介千葉家、幕医高嶋家、旗本の三浦・跡部・西尾各家の菩提寺として、また通称「萩寺」として格式を誇っていました。
(JR「信濃町」、丸の内線「四谷三丁目」から各徒歩7分、都営バス「左門町」より2分)









住所 : 東京都文京区向丘2-27-5
宗派 : 1627年
沿革 : 開山寛永4年(1627)尊重院日長上人により千駄木大田備中守屋敷南側に創立され寛文2年(1662)現在地に移転した。中興8世日寛上人の時代に至り加賀前田藩の外護を受け寺観を一新したと思われる。その後住職には代々京都西ノ洞院より迎え前田家の準菩提所となる。18世日是上人の時、安永元年(1772)の大火により本堂、七面堂、位牌堂、庫裏、など残らず焼失したが寛政元年(1789)再建を完了した。下って大正期に境内墓地を本郷通りの拡張に無償収用され、昭和20年5月の空襲により再び焼失したが、昭和32年に壇信徒の協力により再建し今日に至るも2度の大火により文書を焼失し詳細は不明である。
(三田線「白山」より徒歩6分、南北線「本駒込」より5分、都営バス「白山」より4分、「向丘2丁目」より1分)